161号(20179月)

   

論説

藤岡佑紀

日露戦争の軍役夫―日露戦争時の軍役夫傭兵規則と軍夫熱を中心に―

1-21

論説

成地草太

クリミア戦争後のオスマン帝国における二つの難民支援運動―1860年から1865年の官報・新聞における義損金リストの分析から―

23-62

論説

P.A.クロートフ       豊川浩一訳・解説

ピョートル一世の軍事改革

63-80

論説

藤山龍造

バイフェイス・リダクション仮設とその評価―尖頭器石器群の発達を中心に―

81-109

論説

松橋公治

資源問題としての現代日本のエネルギー問題―経済地理学的アプローチの覚書―

111-146

論説

飛矢崎貴規

橋川文三「日本浪漫派批判序説」の発想と論理

1-27

追悼文

横山秀司

石井素介先生のご逝去を悼む

147

 

 

 

 

162号(20182月)

   

論説

古山夕城

アルカイック期クレタにおける文字の社会的機能
―私的銘文の数量分析的考証―

1-36

論説

青谷秀紀

15世紀後半リエージュ司教領の紛争と都市のレジリエンス
―ディナン、リエージュの破壊と再建から―

37-66

論説

豊川浩一

18世紀前半のロシアにおける民衆と宗教
―ピョートル一世の教会改革と古儀式派教徒―

67-100

論説

早津光子

永遠に記憶に残る御前会議
1748129日の枢密会議から見るウィーン宮廷の政治的機能―

101-130

論説

福士純

20世紀初頭におけるカナダ製造業利害と国産品愛好運動
―メイド・イン・カナダ運動を中心に―

131-156

論説

山崎信一

「共通の歴史」の描かれ方
―セルビアとクロアチアの教科書にみるユーゴスラヴィアの歴史―

157-179

論説

水野博子

オーストリア国民の条件
―ファシズムの犠牲者のための補償・保障政策を例に―

181-215

論説

雨宮史樹

「大正デモクラシー」期における知識人の社会的視野
―新人会と宮崎龍介の東アジア観を中心として―

217-242

論説

竹ヶ原康佑

文久期における仙台藩内政争の争点と「割拠」策への展開

1-23

       

163号(20183月)

   

論説

五十嵐基善

古代東北における軍事行動の特質
―律令制国家と蝦夷の軍事力―

1-25

論説

櫻井智美

元代の南海廟祭祀

27-52

論説

阿部芳郎
須賀博子
亀井翼

霞ヶ浦沿岸における製塩土器出現期の再検討
―神立平SI01住居出土土器の分析と類例の比較―

53-80

論説

山崎憲治

災害論の新たな展開に向けて

81-104

資料紹介

豊川浩一

大黒屋光太夫自筆の署名文書
18世紀日露関係文書の検討―

105-113

書評

Cynthia Brown

 Memory and Narrative Series - 6~9,-1and Discussion Paper no.7.
Research Centre for the History of Religious and Cultural Diversity,
    Meiji University,Tokyo, 2013~2016.

115-125

書評

薩摩秀登

豊川浩一著 『十八世紀ロシアの「探検」と変容する空間認識
    キリーロフのオレンブルク遠征とヤーロフ事件』
(山川出版社,2016年)

127-133

 

 

 

 

       

164号(20189月)

   

論説

桜田真理絵

日本古代キサキの宮に関する試論

1-21

論説

五味智英

南京事件後の「帰還兵問題」における思想戦・宣伝戦の役割 
   ―軍・内務省による帰還兵への箝口令―

23-47

論説

平野 豊

シャー・イスマーイールの「シーア派国教宣言」とは何か
―それはサファヴィー朝初期の年代記にどう描かれているのか―

49-75

論説

穴井佑

革命期イングランドの安息日/主日法令
―統治政策としての安息日厳守主義―

77-97

論説

下村由一

社会主義ネーションの理想と現実
1960年代東ドイツでの個人的経験から―

99-123

論説

坪井塑太郎

中国における小地域都市統計を用いた地域構造分析
―水資源・環境に関する動向を事例として―

125-143

       
       

165号(20192月)

   

論説

尾崎沙羅

更新世終末期の北海道における石器石材の獲得と消費
―複数の石器群の比較を通して―

1-33

論説

土井翔平

弥生・古墳時代の周溝内埋葬

35-59

論説

谷畑美帆

横穴墓に埋葬されている被葬者からの骨考古学的検討
―宮崎県島内地下式横穴墓出土例における古病理学的所見を中心として―

61-74

論説

若狭徹

立評をめぐる地方氏族の政治行動
―群馬県における後期古墳の動態と上野三碑の建碑から―

75-99

論説

西尾隆志

第二次世界大戦期におけるドイツから日本への航空技術移転

159-183

研究ノート

宮内慶介

埼玉県飯能市加能里遺跡の礫敷遺構について

101-115

研究ノート

別所鮎実

縄文時代後期中葉における器種間関係からみた土器製作
―関東地方東西地域を対象に―

117-134

翻訳

佐々木憲一

古墳時代における乗馬の導入について
―特に信濃を中心に―

135-157

       
       

166号(20193月)

   

論説

里舘翔大

「浄御原令式」の特性と採用の意義

1-23

論説

久水俊和

中世後期の真言院・神泉苑の諸相と
 近世初頭における転生

25-48

論説

張 聖水

日本人軍事顧問の初期「満州国軍」に対する認識と整備構想
―佐々木到一を中心に―

1-24

論説

高田幸男

中国教育界と第一次世界大戦
―大戦認識とその影響をめぐって―

25-50

論説

阿部芳郎
須賀博子
亀井 翼

霞ヶ浦沿岸における晩期中葉の土器製塩
-土浦市神立平遺跡第3号住所跡出土遺物の再検討―

51-70

論説

荒又美陽

パリのリスケーリングとメガイベント
―グローバル化・脱工業化をめぐる都市計画とその課題―

71-88

研究ノート

佐藤清隆

The Multi-Ethnic City of Leicester:
Recalling on the Memory and Narrative Series

89-112

追悼文

久水俊和

上杉和彦教授のご逝去を悼む

113-114

       
       

167号(20199月)

   

論説

藤岡佑紀

「補助輸卒」の成立
1898年からの兵制小改革―

1-26

論説

堀内孝

軍馬改良と名馬の産地
―明治期の戦争がもたらした矛盾―

27-46

論説

矢本彩

20世紀初頭オスマン帝国における「3月31日事件」と「軍事法廷」の判決―「事件首謀者」の裁判記録を中心に―

47-76

論説

齋藤直樹

古墳時代の常陸における円筒埴輪と埴輪生産

77-108

論説

小山拓志
土居晴洋

地理学野外実習の効果からみた3D模型の教材活用の可能性

109-128

研究ノート

藤田怜史

アメリカ空軍の戦略爆撃と軍産複合体

129-144

研究ノート

佐藤祐樹

自然災害と近世宿場の移転
―東海道駿河国における吉原宿の発掘成果を中心に―

145-165

書評

伊丹聡一朗

J.フェンネル(著),宮野裕(訳)
『ロシア中世教会史』教文館,2017

166-171

       

168号(20202月)

   

論説

松橋公治

関東および栃木県の工業地域構造の特質   
―産業集積と地域経済との関連を中心に―

1-23

論説

平川亨

ハワイ島コナ地域の日本人墓地と移民コミュニティ

25-48

論説

熊野貴文

「まちなか居住」論を踏まえた大都市における戸建分譲住宅の居住者に関する予察

49-70

論説

小山拓志

南極を教材化する   
ICTを活用した新たな試みとその効果―

71-97

論説

駒見敬祐

鎌倉府の権力構造と棟別銭

(1)-(19)

研究ノート

秋山千恵

20世紀前半ドイツのホワイトカラー   
―ジーメンス社従業員の回想録(1897-1947年)から―

99-123

       

169号(20203月)

   

論説

大和友紀弘

立憲政治と国民道徳   
―佐々木惣一『立憲非立憲』における「責任」を巡って―

(1)-(28)

論説

藤川真由

天正遣欧使節の洋服

1-32

論説

鈴木開

朝鮮・後金間の使者往来について(1627-1630

33-66

論説

豊川浩一

記憶すること、歴史を叙述すること   
―ウファーにあるふたつのモニュメントが語るもの―

67-100

論説

竹林香菜

東日本における縄文時代後期中葉土器群の構造と動態   
―広域土器分布圏の形成メカニズムと地域間関係―

101-135

論説

阿部芳郎

縄文時代中期の製塩活動   
―東京湾東岸地帯における製塩技術史の展開―

137-159

論説

松橋公治

資源問題としての現代日本のエネルギー問題   
―エネルギー地産地消の取り組みを中心に―

161-193

研究ノート

伊丹聡一朗

ペルミのステファンと14世紀ロシアにおける「正教会の復興」

195-210